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November 30, 2005

「うつし世は夢」

2005年にデビューしたある新人の作品を読んだときも、推理の可能性がある特定の登場人物だけに向けられている印象が強く、作者が嬉々としてその道を進み、読者が渋々とその後を着いていく構図になっているために、ずいぶんと窮屈な思いがしたものでした。

これは作品によっては面白いミスディレクションになりそうだ。この前観た映画「仕立て屋の恋」はこういう手法を使ったいい例だと思う。(杉江氏はミスディレクションという言葉を使っていらっしゃらないが、「容疑を振りまく」ことに関する議論を敷衍していくと、ミスディレクションに到達すると思う。)
作品名を挙がっていないのでどの作品か分からない。実際に読んでみると、こういう批判がもっともなものかどうか分かるのだけれど。
というかなぜ作品名を挙げていらっしゃらないのかな。挙げられないのだったらそもそもこういうことを書くべきでないと思う。
それに、作者が嬉々としているか、読者が自分と同じように渋々とするか、どうして分かるのだろうか? 超能力者でもないかぎり、こんなことは分からないと思うのだが。

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