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August 17, 2005

偽の手がかり問題に呪われたジュナ丸

「偽の手がかり」とは何なのかについてきちんと定義していなかった。「本当の手がかり」とは何か、「偽の手がかり」とは何かを、あらかじめしっかり定義しておくことが、今後の議論を混乱させないために必要だと思う。

「テーブルの上に、市販のアイスのカップがひとつ、金メッキのスプーンがひとつある。カップの半分くらいのアイスは溶けてしまっている。スプーンには溶けたアイスがついている。」

手がかりとは上のことだ。上の文章は、ほとんど判断を含まない。現象を忠実に模写しただけである。
この手がかりからどんなことが判断できるか。

「アイスを食べた跡がある」

問題は、様々なことが判断できるということだ。物事は常に多面的である。

「スプーンでアイスを食べたらしい」
「アイスをひとりで食べた跡がある」
「アイスを買ってきたらしい」
「溶けたアイスを食べるはずがないとすると、誰かが食べたときにはアイスはまだ溶けていなかった。とすれば、誰かが食べてから、アイスが溶けるまでの時間がいままでに経過している」
「アイスを食べていた人は、なぜアイスを放って置いたのだろう? アイスを放っておかせる何事かがあったのだ」
……などなど。

「偽の手がかり」とは上のような無限の判断(解釈)のいずれかを錯覚させるものだ。
たとえば、「アイスを食べた跡がある」と思わせて、実際は違ったのかもしれない。
「溶けたアイスを食べるはずがないとすると、誰かが食べたときにはアイスはまだ溶けていなかった。とすれば、誰かが食べてから、アイスが溶けるまでの時間がいままでに経過している」と思わせて、実際は違ったのかもしれない。

僕はこれまで、手がかりと推理を区別していた。しかし手がかりにも解釈が紛れ込まざるを得ない。現象がニセであることはできない。現象の解釈がニセなのだ。
あ゛ーっ! ……頭が痛い。

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