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August 02, 2005

lonely 論理

4130120530論理学
野矢 茂樹

東京大学出版会 1994-02
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論理学
論理学
posted with 簡単リンクくん at 2005. 8. 2
野矢 茂樹著
東京大学出版会 (1994.2)
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上のを使って論理学を勉強しています。
第2章「述語論理」の第2節「述語論理の基本概念」まで行きました。
非常におもしろいです。演繹的に組み立てていくところは数学みたいですし(これを「公理系」と呼ぶらしいです)、パズル的なおもしろさもあります。それに、言語に直接関わってくるので、言葉のある側面を明らかにしてくれる学問だとも言えると思います。もちろん言葉そのものを扱うというよりも、言葉の背後にある論理に迫っていく過程で、そうなるのですが。
こういうのを読んでおけば、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』がかなり分かりやすくなるんではないでしょうか。
ゲーデルの「不完全性定理」まで解説してあるようなので、ちゃんと最後まで行くつもりです。
「不完全性定理」といえば、いろんなところで耳にしますからね。柄谷さんの「隠喩としての建築」や法月さんの論文でも中心的道具立てでした。なので、ここでいちおう押さえておくかなと。

とそのような勉強を進めつつ、論理関係の本を読んでます。

「普遍性」ということがネット上で話題になっているようですが、いま思いついたのは、けっきょく、記号と記号の使用法が普遍的なのではないか、ということ。
たとえば、多くの人が1+1=?と問われて、2と答えるのは、1や+や2といった同じ記号が使われていることと、それが正しく使用されていることだけを表すのではないか。つまり1+1=?と聞かれて、同じことを考えるとは限らない。ただその記号が同じことや記号の使用法が正しいという意味において、「普遍的」だといわれるのだ、と。
これは日常言語でも同じことがいえるのではないでしょうか。同じ言葉でも同じ意味とは限らない。ただ文脈の上でその言葉の使用が正しいから、その言葉が使われるのだ。「その使用が正しい」という点に眼をつければ、普遍的だといいうるだろうし、逆に意味の微妙な差異に目をつければ、普遍的でないといいうるのではないか。
(しかしこのことですべての「普遍性」の問題を扱いうるとは考えません)

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