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August 26, 2005

今日はいろいろなことを考えたのだが、頭からすっぽり抜け落ちている。少しずつ思い出していこう。
またか、と思われるだろうが、偽の手がかりについて考えていた。手がかりを現象に還元することは可能だ。しかし現象に還元した時点で、もはやそれは「手がかり」と呼べるようなものではなくなるだろう。単に「~がそこにある」というだけでも「~が、そこに、ある」という判断を含んでいる。現象とは知覚されたもののことだ。しかし何の判断も含まない(知覚された)現象は、ロカンタンの目にした「存在」のようなものになってしまうだろう。いや、それ以前のものに。単なる現象にとどまる限り、そこから一歩も推理できないことは明らかだ。(僕の考えでは現象は文章で表現できない。視覚的な現象だったらそれは絵だし、聴覚的な現象だったら音だ。これらを文章で表現しようとするとそこに必ず判断が入る。)
つまり現象からの飛躍が必要になる。それが解釈だ。手がかりは必ず解釈される。
ところが偽の手がかりとはまさにその飛躍する(=不確実な解釈の)部分に陥穽を仕掛ける。たとえば「そこにある」はずのものは、なかったかもしれないし、「これこれの意味だ」と思っていたものは、これこれの意味だと思わせるものかもしれない。

手がかりの存在まで疑う必要は、多くの場合、ない。しかし例外的に視覚を錯覚させるトリックなどがあるので、上のように書いている。
一般的には、手がかりが目の前にあるのに、その存在を疑うというのは、ばかげている。だが、「それがそこにある」という事実だけで、推理をするのは難しいことのように思う。けっきょく、解釈(意味付与)は必要になってくる。

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Comments

こんにちは、たまに拝見しています。
あまり難しいことを考えすぎて実作ができなくならないよーに。
ジュナ丸さんの作品の文章はなかなかいいと思いますよ。特に会話に地の文を挟み込むリズムが上手いですね。
頑張ってください。

Posted by: shun | August 26, 2005 03:30 PM

こんばんは。見ていただきありがとうございます。
「偽の手がかり」問題は出口のない迷路なのかもしれません。細かいことは切り捨てて、割り切って書くことも大事なのでしょうね。
文章と会話について褒めていただきありがとうございます。励みになります。
少しでも良いものを書けるように頑張ります。

Posted by: ジュナ丸 | August 27, 2005 12:16 AM

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