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August 11, 2005

もはや、自分がミステリに興味があるのか、推理に興味があるのかわからなくなってきた。
「推理の構造分析」という手法を考えた。野矢茂樹『論理トレーニング101題』にある、推理の図式化の方法を借用する。何日か前のエントリには「公理系」と書いているが、もちろん公理系ではなく、単に推理の構造を把握する目的のものだ。この手法によって、何から何が導かれているかを、明瞭に見て取ることができる。
ミステリで使われる推理には二種類(推測(アブダクション)/演繹)あるので、それを矢印で区別して表現する。破線が推測、実線が演繹。(ちなみに「推測」とは逆向きの演繹を表す。)
ある手がかりから推理されて結論が導かれ、そして結論と結論からまた別の結論が出てくる、という具合だ。
この構造分析の利点は、1、「手がかりや隠れた前提にまで遡行できること」、2、「推理を批判的に捉えられること」だ。
手がかりや隠れた前提は、ツリー状構造の末端――つまり木の葉っぱにあたる部分になる。それが末端にある、ということは、何の批判にもさらされていないわけだ。名探偵たちが無条件に受け入れるこれらのものが、「偽の手がかり問題」としてロジックを――引いてはミステリを根本から揺るがすのだ。

本当に「偽の手がかり問題」はロジックミステリにとって致命的なものなのか。本格推理小説に対する死亡宣告なのか。ミステリの無底性を暴露するものなのか。
僕の目的は、これらの問いに対して「違う」と断言することだ。「偽の手がかり問題」を解消することで、ミステリに基盤を取り戻させる。そしてあわよくば「後期クイーン的問題」なるものも解体してみせる……つもりだ。

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