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July 04, 2005

ホームスとワトソソ

 それまで窓の外を見ていた私が、向きを変えて、自分の部屋へ向かおうとすると、ホームスが呼び止めた。
「ワトソソ、きみが図書館から借りている本ならここにあるよ」
 ホームスは目の前にうずたかく積まれた書籍の中から、一冊を取り出して、私に差し出した。
「ホームス、いったいどういうわけだ? どうして僕が考えていることがわかったんだ?」
 ホームスはパイプをくゆらせながら、答えた。
「何でもないことだよ。連想術さ。きみの思考のあとを辿っただけだ」
 私がなおも説明を乞うと、ホームスはアームチェアにゆったりと背を持たせながら語りだした。
「きみはさっきまで新聞を読んでいた。きみの目は、いつものように事務的に記事を追っているようだったが、ある箇所に到達すると、強く興味を惹かれたらしく、とたんにらんらんと輝き始めた。僕はきみが昨夜起きた密室殺人の記事を見つけたのだなとわかった。僕は新聞を見ていたので、どの面にその記事が出ていたかも知っていた。きみが開いていたのはちょうどそこだったからね。それからきみは、つと視線を本棚に向けた。きみの視線はポーの小説があるあたりで停止したらしかった。『モルグ街の殺人』を連想したんだね。きみは、視界の隅に捕らえた、ここの窓の外に何かを見て、ふらりと立ち上がった。まるでオランウータンのような歩き方だったから、きみが何を考えているかはすぐにわかった。きみは窓辺に立ち、外を見た。窓の向こうに君が見たのは、きっとローズ婦人の寝室の窓だな。連想が、オランウータン、檻、鉄格子、と進んだわけだ。あの通り、ローズ婦人の寝室の窓には鉄格子がはまっているからね」
 私は驚いて声も出せなかった。
 ホームスは私の驚きの表情を賞賛の表情ととらえたためか、面映そうに続けた。
「あとは簡単だ。ローズ婦人は図書館に勤めている。きみが先週借りて、すでに読了している図書館の本を思い出したとしても不思議はない。僕はいつも思うんだが、きみに推理の過程を聞かせないほうが、僕の推理能力に対する世間の評価は上がるんだろうね」
「すごいよ、ホームス」私は首を振った。「きみが言った推理の過程はすべて間違っている。にもかかわらず、結論が当たったことに僕は驚いているんだ」
 ホームスは度を失ってパイプを取り落とした。しかし床からパイプを拾い上げたときには、すでに落ち着き払っていた。
「ワトソソ。大事なのは過程ではなく、結果だよ。推理が正しくて結論が間違っているよりも、推理が間違っていて結論が正しいほうがよいのさ」

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