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May 11, 2005

アントニイ・バークリー『第二の銃声』


を読んだ。
面白かった。
有名な序文には、来るべき探偵小説は、数学的であるよりも心理学的であることによって読者をひきつけ、whoよりもwhyに重点がおかれるべきだ、という意味のことが書いてある。なるほどとは思うものの、心理を書きすぎるとフーダニットとしては弱くなるというのが僕の考えだ。この『第二の銃声』でも、僕はある一節を読んで、容疑者を大幅に減らすことができた。心理が巧みに描かれすぎていたからだ。(ネタバレ)犯人だったらしないだろうなということを多くの人がやっている。特に第七章。(ここまで)だから犯人を当てるのは容易だったし、そこからトリックも予想できた。探偵小説(フーダニットの)では、心理を描くときは作者はきわめて慎重な筆遣いをしなければならないと思う。
しかし、バークリーはそのことに自覚的であったのに、あえて探偵小説の興味よりも、心理の面白さのほうを優先したのかもしれない。序文はそのように読むこともできる。このへんはクイーン(特に初期の)の行き方と真反対なわけだ。(クイーンは登場人物の心理を描くときに客観的に描く。それはフーダニットを完璧にするために必要だからだ。)
事件そのものはシンプルすぎるくらいだ。謎解きとしての面白さはあまりない。ただ登場人物たちのそれぞれの思惑が錯綜して、事件の結果(というか捜査の過程?)を複雑にしている。このへんの心理描写はうまい。事件よりも登場人物の心理が複雑すぎるくらいだ。
多重解決ものとしては推理の根拠があいまいすぎるのであまり面白さはない。多重解決がつまらないのは、手がかりはほとんどなく、ほぼ全員にアリバイが成立していない状況だからだろう。誰が犯人であってもおかしくない状況で多重解決をされても面白く感じられない。真相も推理によって明かされるのではないので、推理の面白さはない。(クリスチアナ・ブランドの某作の自白合戦のアイデアはたぶんこの作品が元ネタなのだろう。)
真田啓介氏の解説は非常にためになる。作品を読み解く上で必読だろう。しかし一点気になることが。序文とこの作品が結びつきにくいとしてあるが、僕の印象ではそう感じなかった。この作品を複雑にしているものがあるとすれば、それは犯人のトリックでも、作者のトリックでも、手がかりによる推理でもなく、登場人物たちの心理だと思う。そして面白くしているのも、心理だと思う。彼らは勘ぐったり怯えたり勇気を出したり企んだりして事件をどんどん複雑にしていく。さまざまな思惑が錯綜するところこそ、バークリーが書きたかったことではないかと思う。だからこの探偵小説のキモは殺人事件をめぐる心理だと感じる。その心理は深刻ぶることなくあくまでユーモアを持って綴られ、また探偵小説の謎解きのように複雑な心理だが、面白いし見事だと思う。
というわけで非常に面白かったのでお勧めです。
まだバークリーはぜんぜん読めていないのでこれから楽しみだ。

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